古文書に見る日本の歴史! ⑴ 竹内文書は本当に偽書なのか?

正統竹内文書

古神道・竹内文書を読み解いていくと、消えた日本の歴史が見えてくる。

 そもそも 古神道・竹内文書とは、

 「 夫れ 混元既に凝りて 気象効れず   

それ まろかれたるものすでにこりて いきかたちあらわれず

名も無く 為も無く 誰か其の形を知らむ。

まのなく わざもなく たれかそのカタチをしらむ

然れども  乾坤初めて分れて 参神造化の首と作り 

しかれども あめつちはじめてわかれて みはしらのかみあめの はじめとなり 

陰陽斯に開けて 二霊群品の祖と為りき ~ 」

めおここにひらけて ふたはしらのかみ よろづのおやとなれり

 

古事記 序文 始め。

そもそも遠い昔の事、進化の気が次第に集まり固まっても、未だ外の現れてくるには至らず、したがって 名も無ければ 動きもない 誰もそのカタチを知らない。

そもそもの世界(宇宙)の始めに、天と地が分かれ 三柱の神が宇宙造化の緒(いとぐち)を創り、陰と陽が別々になり 二柱の神が万物の祖となった。

造化三神

初代:天御中主神 アメノミナカヌシノカミ

第二代:高皇産霊神 タカミムスヒノカミ

第三代:神皇産霊神 カミムスヒノカミ

アメノニナカヌシノ神によって、物質も時間もない ただ暗黒の空間(スカラー場でもない)の誕生がはじめとなる。そしてそこに、エネルギーから物質へ転換することとなる神たちが現れる、それはタカミムスヒノ神とカムミムスヒノ神であり、万物の祖となった。

天地開闢(てんちかいびゃく)について、古事記ではこれ以上詳しくは書かれていないため、この辺りはよくわからないただの神話として一般的には解釈されている。

上っ巻・・神話ー宇宙創成から、神倭(カムヤマト)伊波礼毘古命

中っ巻・・神武天皇から応神天皇

下っ巻・・仁徳天皇から推古天皇

では、竹内文書とは一体何だろうか、何が書かれているのだろうか。

基本的には古事記の基であるため同じ構成ではあるが、さらに詳しくなおかつ秘密の暗号めいた内容で、宇宙及び天地創成から、人類誕生や倭民族の歴史と世界の民族拡散・移動、そして天皇の歴史についてが詳細に描かれていると言います。(厳密には、すべて限られた継承者による秘密の口伝というかたちで)

つまり、壮大な ” 宇宙と日本及び世界の歴史 ” を綴った歴史書という訳です。

古事記が日本の歴史文書として編纂され、日本書紀は日本が諸外国とかかわる際の外交文書用として同時編纂された。

それらを”表文書”とすると、竹内文書は、表の文献に記載できない(又は抹消された)伝承や秘儀・秘術などを記録した”裏文書”であり、その伝承者もまた極秘とされてきた。

 

神武天皇以前、つまり「出雲族と大和族」の戦いから和合・統一し大和朝廷ができるまでの天皇家は、今の天皇家系とは少し違っていたとする見方もある。

「竹内文書」自体は、武烈天皇の命によりに平群真鳥(へぐりのまとり)が、越中の御皇城山(おみじんやま)にあった”皇祖皇大神宮(こうそこうたいじんぐう)”に伝わる文献(鹿皮に神代文字で書かれたもの)を老師の助言を基に翻訳したものという説が知られている。

つまり、 平群真鳥が 「初代竹内宿禰(たけのうちすくね)”となる訳で、 ”皇祖皇大神宮”に伝わる鹿皮に神代文字で書かれた文献こそが、原日本人の歴史記録ということになる。

現在、竹内文書と呼ばれているものには、2種類の文書・口伝がある。

 

(正統竹内文書と茨城竹内文書)

 

正統竹内文書:第73世武内宿禰 こと竹内睦奏(たけうちむつひろ)氏:(1966-2020)

南朝小倉宮系皇族の末裔であり73代目の武内宿禰(称号:たけのうちすくね)を襲名し、南朝小倉宮家祭祀継承者として古神道による古代日本の歴史・極秘の口伝 を数多く伝承され、逝去するまでに書籍や公演等でその一部を公開する活動をしていた。

長老会と言われる家系ごとに分担して極秘伝承されている秘伝や秘術を、代々世襲となっている武内宿禰(選ばれた一人)に対し、あらゆる極秘の口伝が集約・授けられ竹内家本家の一子相伝の極秘口伝として受け継がれている。

 

祖先より脈々と受け継がれていた口伝は、本来門外不出であり伝承者名すらも明かしてはならないとされていた。

 

何故口伝の一部を公開するようになったか。

竹内家の養子分家すじであり口伝を伝承されていないはずの何者かによって古文書類の一部が勝手に持ち出され、その後隠し持っていたとされる (詳細不明である) ものが分家家系の養子であった 竹内巨麿  によって、1910年ころに一般公開された紆余曲折の後 竹内文書が偽書扱いされたことに対し、本来の竹内文書の正当性を知らしめるため、そして何よりも 「多民族や他宗教との共存、自然との共生はこの古神道で解決できる」と信じ、元々秘密結社であった竹内神道から袂を分かち「古神道本庁」を創立し、その一部を公開するため 第73世武内宿禰(竹内睦奏氏 )は表出した。

わかりやすく区別する意味で、本家のものを 「正統竹内文書」と呼び、竹内巨麿が出したものを 「茨城竹内文書」と呼んでいる。

 

茨城竹内文書:竹内巨麿 (1875-1965)

竹内家系の養子であった祖父から譲り受けたとされる秘伝書「竹内文書」を世間に公表。この文献・神宝類を「経典」として 皇国復興を願って 茨城県の磯原に 皇祖皇太神宮を建て天津教の開祖となった。

多くの信者が集まりその教えが急速に広がると、当時の社会情勢においては教義の内容が大きな社会問題となり裁判にもなったが、最終的に最高裁で勝訴となった。(因みに、この時の最高裁の判決文が、” 神の領域である狭義の内容を人間が裁断することはできない ” との事だった。)

なぜ、伝承者でもない家系に文書の一部や神宝類があったのか・・・。

幕末・明治の混乱期に本家から何者かによって竹内文書や神宝が盗まれる事件があったという。

詳細は不明との事だが、本家口伝の一部や直会(なおらい:口伝者のみが参加できる)でしかわからないはずの内容がこの茨城竹内文書の教義に含まれていることから、出入りの者か墓守の家系の誰かの仕業と考えられているそうである。

正統竹内文書の内容と比べると、基本的な歴史観は同じだが神名が変わっていたりいろいろ手が加えられているようで「かなりぶっ飛んだ内容」となっている。(竹内睦奏氏:談)

 

そのせいか、当時の日本(1910年ころ)では、国家神道に対する「不敬罪」で特高により厳しく取り締まれ、古文書・神宝類は最高裁での勝訴後も没収されたまま戻ることはなかったようである。

大本教の祖と言われる 「出口王仁三郎・でぐちわにざぶろう㊟」氏も、茨城竹内文書の内容については、「わしが神様から聞いているのと少し違うところもあるが、事実もある・・・。」と伝えていたそうである。

 よく、でぐちにざぶろう と書かれた書物が多いようですが、わにざぶろう が正しいと思います。 ワニ(王仁)の読み方は、和邇(わに)一族の子孫であると思われるからです。 竹内睦奏氏(談)。

現在、皇祖皇太神宮の国家による日本国の再興を求め、1900年に茨城県において御嶽教天都教会を開き、家系内にて継承されている。

この (茨城)竹内文書 も 「正統竹内文書」も多くの書籍が出版されており、比較対応しながら読まれるのが良いと思います。

当サイトで考察しているのは主に「正統竹内文書」であり、古事記を参考にしている。( 茨城竹内文書の内容も頭から否定をするつもりはない、何故なら古代宇宙人説にも非常に興味をそそられるものがたくさんあるし、正統竹内文書では秘密とされ非公開の内容も、この茨城竹内文書では堂々と記述しているからだ)

 

古事記に含まれる暗号

 

一般的な 古事記 についてはここでは書きません、各自で調べてください。あくまでも「竹内文書」的解釈を書いてみます。

「古事記」はもともと、”ふることふみ” と言われたものを基に、8世紀に漢字を使って編纂されたものとされています。

 

その ”ふることふみ”  こそが  「帝皇日嗣」(ていおうひつぎ)であったといわれ、日本の古代史をほぼ忠実に記載しているが、隠語が多く秘密とされる口伝による解釈がわからないとその内容を真に理解することは難しい・・と、竹内睦奏氏は語っている。

敢えて神の名を変えて記述したり、抽象的表現にしたり、古文書の内容と比べると神代系譜などかなり省略・削除されており、まるでわざとお伽話のように書いてある。しかし、れっきとした神話であることは疑いようがないと思う。

お伽話と神話は別物です。

竹内家とは別の神道系一族による文書(宮下文書・九鬼文書)などもあり、伝承の過程で神名や解釈が若干違うが大筋では同じような事が描かれている。

これらの古文献はもとより、天地開闢から国つくり・神つくり‥といった神話の部分を理解できず、古事記そのものを偽書ではないかと疑う人もいるくらいである。

そしてほぼ同時進行で編纂されたのが、日本書紀です。 しかし、内容的には対外的(諸外国向けの日本皇国史)であり時の権力者の都合のいいように書き換えられた「皇統譜」であり、いかにも唯物主義の学者・学会にとっては理解しやすく都合の良いものとなっている。

「帝皇日嗣」(ていおうひつぎ) 自体は、竹内文書以外にはその存在を証明するものがなく詳細不明だが、こういった古文献の多くは改ざんを恐れるあまり極秘口伝を基本としている。

それだけに、歴史学者にとってはその信ぴょう性を疑い、研究対象として扱わない(扱えない、研究予算もつかない)などの理由で、ろくに議論もされることなく偽書扱いとなっている。

 

歴代天皇の歴史については、当サイトの本目的ではないので 古神道における「天地開闢」「宇宙創成」について、筆者の勝手な考察と独断を以て 竹内文書と古事記を合わせ読みしていきたいと思います。

 

宗教の源流は、古神道にある

 

 

竹内文書は、言わば歴史書であり古代日本の神の道を示したものだ。

宇宙創成・造化三神以降、幾世代にもわたって神が生まれ天と地(陰と陽)が分かれ宇宙空間に星々が誕生、銀河や恒星系が作られ地球も固まったころ、伊弉諾神(イザナギノカミ)と伊弉冉神(イザナミノカミ)による国生みと神生みが始まります。

イザナギとイザナミは、天の神、地の神そして人へとその世代によって呼び方・書き方が変わるので、読みやすくするためにカタカナ表記をします。

この神名の世襲制については何もイザナギ・イザナミに限ったことではありません。

その子天照大御神や須佐之男命も同様に幾世代にも引き継がれていき、各々別の民族を率いることになっていきます。

初代天の神から、生物・人類誕生後の人の神つまり弥生人あたりまで、それぞれの神名は引き継がれていたと竹内文書は語っています。

 

参考:文字の読み方については、元々漢字(音読み)が日本に入ってくる前の読み方であるので、所謂訓読みが基本となる。カタカムナなど縄文期以前の神代文字もすべて読み方は訓読みとなる。

(因みに、カタカムナ文字(神代文字)は天上の神(地球外生命)が最初に人として降りた時に神が伝えた文字と言われています。 当時の人間たちは、神からいろいろな知恵を授かりました。 後に、ユーラシア大陸へと広がった多くの民族(シュメール人や古代イスラエル人)が使用する言語や文字の原型になっています。 そして時代の変遷の中で、ヲシテ文字や豊国文字などもそうした教えの中から生まれた文字だと云うことです。)

神からは、宇宙の成り立ちから星や大地・海そして生命の成り立ちに関する多くの知識を得ただけでなく、万物万象すべては神によるものであり同時に神そのものでもある事その分御魂(わけみたま)である事、全ては一つであることなどを学びました。

従って、日本人は単独発祥の民族ではなく大陸からの移民族であるという説がありますが、これは間違っていると言います。天上から降りた神(地球外生命)の子孫でありそこからさらに分化した支族(五色人:いひろびと)が大陸へと拡がり西アジアからヨーロッパへとユーラシア大陸全体で多様な民族が誕生した。

数千年にわたって移動していくうちに、独自の文化形成や文字へと変化していった。

本来の知恵である神道的発想は、生活の多様性や支配階層の影響・統治者の意思や欲望などでどんどん変化してゆく。

厳しい環境の中で生きてゆくには、強いリーダーに従うという習慣が人心を支配してゆく。その結果、環境や民族ごとに独自の宗教観も生まれてくるのは必然であると思う。

古代のヨーロッパの支配構造は多くの民を奴隷化する強権体制であるため、真の平和を求めて”神の道の祖国”を目指して多くの支族がその地を離れ旅に出た。 これが イスラエルの失われた10支族 であった。

正確にはわからないが、そのいくつかの支族は各々陸路海路を辿りながらやがて古代日本へと帰り着いた。

陸路とは、今のインド・中国、朝鮮半島を経て九州に繋がるルートで、日本からイスラエルに渡ったスサノオ一族は、陸路を通って九州へと渡り、後の出雲族となる。この時点で、スサノオ一族は渡来人ということで、後にスサノオの娘と結婚して王となった大国主の命も同じく渡来人だった。

日ユ同祖論が語る内容は半分正解で半分は不足しているのはそういった経緯があるからである。

古代超大陸パンゲアの頃からの民族拡散については、少しづつ書き足していきたいと思います。

 

西洋的宗教観

 

五色人がそれぞれ大陸各地へと拡がっていき、次代を経るごとに人間間での支配構造が顕著になってくる。

これは、権力者と被支配層という形が明確になり、何世代も続くうちにそのヒエラルキー構造は当たり前のものとなってくる。権力者はすべてを所有し、被支配層はその分け前を与えられるかのように。

つまり、すべてを司る絶対権力を持った神がいて人間世界を支配する、そしてその絶対神により人間世界の統治を任され直接人間を統治支配するのが人としての支配者ということになり、被支配者はその所有物とみなされる。

 

故に、人民は何か苦しいことがあるときはより強いものが助けてくれる、与えてくれる・・だからありがたいと思うようになるから、力のあるものに信頼を置き頼るようになる。(自分たちは、神に守られているという考え方)

これが西洋の宗教観の根底にあるため、自身が信仰する ” 特定の神 ” のみが正しくそれ以外は間違っている・・つまり悪であると考える。

そして、欲望に駆られた支配者はそこに目をつけて人心を操ろうとする、自分の信じる神は正しく、他人の信じる神は悪であるという強い観念が宗教本来の形を見失わせ、神の名を語りながら我欲同士のぶつかり合いとなる。 結果民族間の宗教の違いによる争いがおこることとなる。

 

日本人の宗教観の根底にあるもの

 

諸外国の人々から見た日本人はよく ” 無神論者 ” であるとか ” 宗教観 ” がないとか言われることがあります。

何故そのような誤解が生じるのでしょうか。そう、誤解なのです。

”でも~、自分は確かに宗教にはこだわってはいないからなぁ・・” とおっしゃる方もいると思います。しかし、それはあなた自身も気が付いていないDNAレベルで刻まれている思想があるからなのです。

それは、西洋の宗教の典型的な形である唯一絶対神による支配から成り立つ信仰ではなく、自然そのものを、そして自然のあらゆるところに神を見出し、敬う「自然信仰」だからです。生活の中に、八百万(やおよろず:無数)の神々がいるのです。

一人の神が、その自由意思ですべてを決定するのではなく、世界中に存在するもの、事柄や事象ひとつひとつに神がいるのです。

それは ” 多神教 ” ? そうではないのです。

動植物や自然すべてが神(創始者の意志そのもの)で、それぞれの役割を持った神であり、個性はあるがすべては一つの意識から生れ出たものなのです。あなたも私も海も空も山も平等に神なんです。そんなこといちいち理屈で意識していなくてもそう感じているんです。それが日本人の日本人たる所以なんです。

すべては一つの意識から生れ出たものならば、それはつまり ” 一神教 ” ではないのか・・と考えるかもしれませんが、それも間違いです。

 

実は、神道は宗教ではない。

 

 

古神道と言われる人類の記録では、 八百万(やおよろず)の神が生まれ天も地も、気体・液体まですべてに神が内在しており、それは動植物から人間も例外ではない。

全てが神そのものであり神の一部である、同じく平等な存在だと云うことを示しており、それは無意識下の中に潜在しているものだ。

これは、時代を経て変遷していった多くの大陸生活型の民族と違い、日本列島の中で独自の生活様式を守ってきた日本人独自の感覚となっている。

人や国(世界)は絶対権力者の所有物ではなく、各々すべてが神であり平等であり互いに慈しむべき存在であることを本能で知っている。

我欲によって造られたヒエラルキーではなく、そのような体系こそが本来の象(かたち)であり神の道そのものと知る、自然体として生きるこの神の道を中心とした日本人の生活様式は ” すべてを受容し神として敬う ” ことから生活や人生が始まる、やがて寿命を全うし肉体を失うとき再び神へと帰る。

この一連の流れそのものが、古代日本の神道の考え方である。ゆえに敢えて

宗教という括りは必要ではない。

(宗教とは所詮 人 が創り出した方便であり、神(創始者)のものではない)

釈迦が入滅の際最後に弟子たちに残した言葉の中に、「いままで私が説いてきたことは、すべて方便でありその真意を理解することが必要である」と伝えた。

釈迦が入滅しやがて”末法の世”となると、方便だけが独り歩きし多くの弟子たちは分裂(分派)してゆくことになった。

アメリカ大陸に古くから住んでいる ネイティブアメリカンの”ホピ族”もまた古代神道の考え方とよく似た信仰(この世界に存在するすべてのものには、マニトウという精霊が宿っている)を持っており、古い神の言葉を継承している。

(この”ホピ族”もまた古代日本(古代縄文)の末裔で、精神文化や自然神の教え・言葉など、多くを継承している)

しかし、現代社会において日常の説明の便宜上 「神道」という宗教だと伝えなければ、西洋型の宗教観に固執した人たちには説明のしようがないのかもしれない。

 

正義の力、悪の力

 

人が欲する「力(ちから)」というものは他者より何かを奪い取る事で、侵略と略奪で自分と異なる者をその支配下に置く事、そしてその行為はすべて神の名のもとに正当化されてしまう。

ローマカトリックの暗黒時代(血の歴史)、キリストやマリヤ様はそんなことは望んではいなかっただろう。

仏教徒によるイスラム教徒への迫害やイスラム原理主義の過激な行いもすべて神の意志などではなく人間の欲望のなせる業である。

仏教もキリスト教もイスラム教も古代ユダヤ教も皆「神の道」を説いたものだ。

実は、神道には正義や悪といった概念がない。正義のヒーローはいないのです。

一見矛盾しているようだが、素直に解釈すればいいんです。

在るがままに有る・・それ以外は無い訳で、あるべき象(かたち)があるのであって在らざる者はない、つまり否定されることになる。

” 罪の大きさ ” という概念は人間の勝手な都合であって、その大小によらず ”在らざるもの・こと” は無しということだそうである。なので、ある意味過酷な処遇となる場合もある。

人が思うところの「悪神」もまた「神」であるから人間の勝手な判断や思い込みは注意が必要だ。(こんな理不尽な・・・と思うようなしっぺ返しがありますよ)

次回より、天地開闢(てんちかいびゃく)から少しづつ書いていきたいと思います。

 

ひと言

最後に、第73世竹内宿禰(竹内睦奏氏)は、まだ五十代半ばでありながら令和2年1月13日にご逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。

数々の講演記録(youtube)や書籍がありますので興味のある方はご一読をお勧めします

  

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