「日本」のルーツを考える。カタカムナウタヒが語る世界! 第16首 ~ 第17首。

カタカムナウタヒ

日本最古といわれるの神代文字カタカムナウタヒには次元・時空の生成、量子(理論)に関する事柄、生命誕生など地球の歴史が書かれているのです。

 

八百万の神は生命の構成器官(地球も一つの生命体)

 第16首

 

アメノサツチ, クニノサツチ, アメノサギリ, クニノサギリ, アメノクラト, クニノクラト, オホトマトヒコ ,オホトマトヒメ ,トリノイハクスフネ, オホゲツヒメ

 

 

この第16首で登場するのは、山の神:大山津見神(おおやまつみのかみ)と鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)が生み出したとされる、八柱の神名です。

大山津見神以降の神もまた、竹内文書によると帝皇日嗣における大事忍男命(おおことおしおのみこと第三十八代帝皇)から 鳥石楠船神(第六十八代帝皇) まで地上を治める多くの国津神であると記録されています。 

天之狭土(あめのさずちのかみ)、国之狭土(くにのさずちのかみ)

険しい坂道・山道を司る神であり、対神(夫婦神)。

天之霧土あめのさぎりのかみ)、国之霧土 (くにのさぎりのかみ)

峠の境界を守護する神であり、対神。

天之闇戸神(あめのくらどのかみ)、国之闇戸神(くにのくらどのかみ )

陽の射さぬ谷間を司る神であり、対神。

大戸惑子神(おおとまこひこのかみ)、 大戸惑女神(おおとまといめのかみ)

山の緩やかな傾斜(丘陵地・斜面)を司る神、対神。

これらの神は、地形の複雑な形状ごとの有様とそのつくりを神格化したもので、それぞれの役割や縄張りを表している。

鳥石楠船神(とりいわくすふねのかみ)、大宜都比売神(おおけつひめ)

鳥石楠船神 は、古代天皇が世界に拡散した人々を検分するため、世界巡幸の際使用したとされる船(空を飛ぶこともできたとされる船の建造から運航まで)を司る神です。

日本各地には、天磐船(あめのいわふね)つまり”空を飛ぶ大きなもの”を信仰している場所がいくつもあります。それらの元祖といったところでしょうか。

 

大宜都比売神 は、食物・穀物を司る神で、イザナギ・イザナミによる国生みので四国を生んだ時に生まれた神です。

展開を追放されたスサノオが食料を分けてもらおうと訪ねて行ったとき、オオケツヒメはそれを快く迎え入れ、花や口・おしりからたくさんの食べ物を出しスサノオに差しだしたのです。

しかし、汚いものを出されたと思ったスサノオはこともあろうにオオケツ姫を殺してしまった。

頭からは蚕、目からは稲、耳からは粟、鼻からは小豆、陰部からは麦、おしりからは大豆・・など、その遺体からは様々な穀物が生み出されていった。

古事記や日本書紀では、内容や神名などが書き換えられておりその理由と意味は不明だが、この世界を形作るもの・生命の循環を表しているものと思われます。

自然や生活圏の中で、その状況・循環に応じて細かく神が存在しその役割を果たしていることを表しています。

これらの神の名を言葉に唱える(言霊)ときには、その神ごとの役割を念頭に、その名を示す音(音霊)を間違えないように唱えなければなりません。出ないと、まったく意味をなさないか又は間違いが起こることもあると言われます。

世の中を形作る神の役割と道理をひとつづつ示していると考えます。

以上が竹内文書的解釈となります。

これらの神は、言霊的に何を意味しているのだろうか。

15首で生命を形作るちからは「アワナギ アワナミ ツラナギナミ」となり、六方環境・親和の変化性が個々に内在させられていることを謳っていた。

現象(ちから)を受けて発生したものは各々のもの(神)であり、どれ一つをとっても同じでは無い。
サツチ、サキリ、クラト、マトは、全体の中のひとつひとつの状態を意味することになる。

すべては根源からの変遷であることがわかる。

「トリノ」(統合・分離・変遷)即ちすべての発生は、個々によって進行するのが「マノスベ」である。あらゆる生物・環境は、皆そのようにして(マノスベ)生存しているが、その違いを認識することは無い。

「オホヤマツミ」とは、実際には現象としての身体(ミノシロ)をつくっている個々の粒子(ツミ)即ち全体(タカミ)の神としての実体のことと考えます。

 

サツチ、サキリ、クラト、マトは、全体の中のひとつひとつの状態を意味することから、それは人に例えると体(各器官)を、地球ならば山や大地・海や河川、地核を形成するものをさしているのではないでしょうか。

そして「オホワタツミ」は、その「オホヤマツミ」の生命力(カムミ・アマナ)のことと考えられる。
命体が波動的エネルギーなら、同次元において生体(実体)と同一空間を共有することができる(内在する次元)。命体と生体の波動が融合・調和し存在し続けるものこそが私たちのような生命体だと言えるのではないでしょうか。

そしてそれは、動・植物のみならず地球そのものも同じであると考えられます、万の神が内在しているすべてのものに因って構成される地球そのものも、一個の生命体として考えなければなりません。

 

万物は、陰陽相似象にて生々流転するもの

 

第17首

 

カムナガラ, トヨヒ カミ ,アマ ウツシ, ヤホ トヨノ, ユツ, イキ フタ, ネ, フタ, ハシ ウキフ, ツミ ,タカ, マカ, カヅ ,ムスヒ, ヌシ, カタカムナ, マカ, ハコ クニ ノ, ヒトツカタ ツミ

 

 

カタカムナの研究にかけては第一人者と言われる 吉野信子 氏 による解釈を参考に私自身が解釈したものが以下のようになります。

数多くのカム(神)があらわれる(カムナガラ)、それは統合(トヨヒ)された四相の万物万象の根源である「カミ」が、現象に移し示され(アマウツシ)、に親和(ヤホ)され、現象に変遷(トヨノ)して発生する個々の微粒子の生命(ユツイキ)は、二つの根(フタネ)として二つの正反に示される(フタハシ)。

 

その「ウ」から発生してふえる個々の素粒子(ウキフツミ))による、元素構成のちから(タカ)、数々の素粒子により構成される元素(マカ)になる「カ」ちから・エネルギーの、個々(カツ)粒子を常態化させる(ムスヒ)する潜態の主(ヌシ)は、「カムナ」である。

(マとカ)潜象のエネルギーが現象化によって構造化された物(ハコクニノ)即ち、素粒子により構成された原子の変遷「ヒトツカタツミ」。

 要するに宇宙の万物万象の根源(トヨヒ)は、「カムナ」の「カミ」であり、万物万象の(トヨ)は、すべて、「カミ」から現象化(アマウツシ)されて発生存在する「マカハコクニ」の変遷物「ヒトツカタツミ」であることを示す。

 「ヒトツカタ」とは、「カ」から「タ」したものすべてはヒトツ、すなわち「相似象」であると、楢崎氏は訳した。この「ヒトツカタ」(相似象)の物理(シメシ)は、カタカムナのサトリを意味している。
 要するに、すべての現象物(モノ)は、「カ」の変遷物(「カ」の「タ」したもの、カムナガラそのものであり、即ちアマである。すべての現象物(アマ)は、ただヒトツの「カ」から発生(変遷)することはあり得ない。「カ」だけでは、何ごともはじまらない。 
現象が発生する根源は、そもそも、カタカムナの「カ」と「ミ」であり、「カ」と「ミ」の、(即ちカムナガラの「カ」と、アマの、サヌキ・アワの「ミ」との)対向発生(ムカヒアウ)の「フトマニ」によって、はじめて、「アマウツシ」現象化による生命の発生が実現するというもの。

「マカハコクニ」とは、「マ」に於ける「カ」、即ち「カ」と「ミ」によって、構造化される。

陰と陽、正反(ハ)の繰り返し(コ)という思念が、「タカ マカ」の正反のバランスをとりつづけることによって「ハコ」即ち「クニ」現象物の存在を保持し続けることができる。
 この形態(スガタ)が、あらゆる現象物の共通の原点であり、あらゆる「クニ」、即ち万物万象は、「マカ ハコ クニ」の変遷の「ヒトツカタ」であることを表している。

潜象・天津神より現象化し個々に存在するものもすべて神が内在するものであり、八百万の神(現象)が生み出されていく事、即ちイザナギとイザナミによる神生みと国生みによってこの地球のすべてが始まり、すべての状態・生命の根源が同じであることを表しているのだと思われます。

  

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