カタカムナと現代物理の対比
カタカムナにおける陰と陽の概念を、私たちのいる3次元世界における物質・反物質の概念に照らし合わせて見た時、諸々の定理や推測と不思議とリンクしてくることが多々あります。
ご存じの通り、現在カタカムナ文献そのものが偽書として扱われており、現代物理とのリンクなどと言うばかげたことを提唱する学者さんはいないでしょう。(思っていても口には出せない。)
何のしがらみも忖度もない只のオタクならではの好き勝手な話をしてみたいと思います。
カタカムナの中心にある「八咫鏡」と「ブラックホール・ホワイトホール」
カタカムナ文献では、中心のヤタノカガミを通して陰と陽が反転し循環する世界観が、宇宙開闢の概念として謳われています。このこととCPT対象宇宙を関連付けすることはできないでしょうか。
ブラックホールがCPT対称宇宙(反宇宙)との境界線になっているのではないか」という視点は、現代の理論物理学の最前線で議論されている「ブラックホールの内部や中心(特異点)が、ホワイトホールを通して別の宇宙や時間反転した世界へつながるゲートになっている」という仮説と実に相性が良いと感じます。
* CPT対称宇宙とは、物理法則の「電荷(C)」「パリティ(P)」「時間(T)」の3つの対称性を宇宙全体で厳密に保つための理論モデルです。
物理学者がブラックホールの奥底に何があるかを数式で解き明かそうとしたとき、この「CPT対称性」や「反宇宙」という概念が実にスートに結びつくのです。
その結びつきを示す3つのエキサイティングな理論を見てみましょう。
1. アインシュタイン・ローゼンブリッジ(ワームホール)と「ホワイトホール」
アインシュタインの相対性理論によると、ブラックホール(あらゆるものを吸い込む穴)の反対側には、いわゆるワームホールと呼ばれる時空の穴を通して、あらゆるものを吐き出す穴(ホワイトホール)が存在しなければならないという結論に至るとされています。
時間反転の境界線:ブラックホールの特異点の先は、「ブラックホールの時間を完全に逆回し(T反転)にした存在ホワイトホール」が存在するというもの。
反物質の空間へ:ブラックホールに落ちた物質が、その中心(特異点)を越えてホワイトホールから飛び出すとき、そこは「時間が逆行し、物質の電荷も反転した(つまりCPT反転した)反物質宇宙」になっているのではないかという仮説があります。
2. 「ブラックホールの中身は反宇宙である」という説
2020年代に入り、カナダのペリメーター理論物理学研究所の研究者などが提唱している「CPT対称宇宙論」では、ビッグバンの瞬間に「私たちの宇宙(物質・未来へ進む)」と「反宇宙(反物質・過去へ進む)」という時空がペアで生まれたとされています。
この理論の延長線上で、「ブラックホールが押し潰されてできた極限状態の内部は、もう一つの反宇宙そのものであるか、あるいはそこへ繋がっている」というダイナミックな仮説も議論されています。
私たちがブラックホールの「イベント・ホライズン(事象の地平面)」という境界線を越えることは、すなわち「私たちの時空の終わり」であり、「CPT反転したもう一つの時空の始まり」を意味するという考え方です。
3. 【2026年最新説】初期ブラックホールが反物質を吸い込んだ?

また、私たちの宇宙では発見されていない反物質の行方を考えた結果、境界線というよりも「ブラックホールが物質と反物質の運命を分けるフィルター(境界)になった」という仮説も提案されています。
宇宙の誕生という劇的な状況下で、純粋なエネルギーが対生成によって通常物質と反物質のわかれ、直後、ミクロな「原初ブラックホール」が大量に生まれました。このブラックホールが、周囲にあった「物質」と「反物質」のうち、特定の性質を持つ反物質だけを驚異的な効率で内部に吸い込み、通常空間には物質だけを削り残したという説です。
もしそうなら、消えた反物質の謎は「ブラックホールの境界線の向こう側」に今も閉じ込められていることになります。
物理学においては、ブラックホールの中心(特異点)は「現在の物理法則が通用しない場所」となっています。その理論崩壊を避けるために、多くの科学者が「そこは別の宇宙(CPT対称宇宙)への境界線である」という数学的モデルを立てて挑戦しています。
ブラックホールとホワイトホールを繋ぐとされる「ワームホール」を通過することは本当に可能なのか、吸い込まれた反物質の行方は?
マカタマ・トキタマと素粒子・空間の粒(プランクの長さ)
始元量(アマ)とダークマター
超科学と呼ばれるものや古代文献における直感的な宇宙観と、現代物理学の最先端理論が驚くほどシンクロする非常にエキサイティングなお話です。結論から言うと、カタカムナ文献が示す世界観と、現代の「CPT対称宇宙論」には、かなりの共通性(類似構造)を見出すことができます。
物理学の数式が描き出す宇宙像と、カタカムナの概念を関連付けて読み解いてみましょう。
「ヤタノカガミ」と「CPT対称性(鏡像反転)」の一致
カタカムナの宇宙観の象徴であり、中心におかれている「ヤタノカガミ」は、目に見えない潜象世界(アマ始元量・陰)と、目に見える現象世界(カム始元量・陽)が交差し、反転する「境界(ゲート)」として描かれています。
これが物理学の「CPT対称性」の見事にリンクしているように見えます。
P(パリティ反転=空間反転):まさに「鏡(カガミ)」そのものです。右と左、内と外をひっくり返す操作を指します。
C(電荷共役=物質と反物質の反転):カタカムナでいう「陰と陽」の反転です。プラスの電気を持つ物質と、マイナスの電気を持つ反物質が裏返しの対象関係にあることを意味します。
T(時間反転):CPT対称宇宙論では、鏡の向こうの反宇宙は「時間が逆行(過去へ進行)」しているとされます。カタカムナにおいても、潜象世界と現象世界の間ではエネルギーの発生と収縮が循環(逆方向のプロセス)しており、渦巻きも逆向きとなり時間の概念が対称的です。
ヤタノカガミという「中心の鏡」を通して世界が反転する構造は、ビッグバンの中心点を境にして「私たちの宇宙」と「CPT反転した反宇宙」が背中合わせに生まれたとする最新の宇宙論モデルそのものといっても過言ではないでしょう。
「対発生・対消滅」と「ウミ(生み)とアマの循環」
現代の場の量子論では、エネルギーから物質と反物質が同時に生まれ(対生成)、出会うと光になって消える(対消滅)という「循環」を繰り返します。
カタカムナ文献でも、宇宙の根本(アモ)から「正(サヌキ)」と「反(アワ)」の2つの相反する性質を持った微粒子が対になって湧き出し(ウミ)、それらが統合されて物質や生命を形作り、やがてまた中心(ヤタノカガミ)を通って元の潜象世界へと還っていくという「ウツシ(転写)」と「還流」のプロセスが謳われています。
ミクロな素粒子の世界で起きている電磁気や重力の場を、カタカムナは「目に見えないエネルギーの場(アマ)からの生命活動の循環」として直感的に記述していたとも解釈できます。
(カタカムナうたひ)



第5首:生命誕生の根源
「ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ」
宇宙の根源から発生したもの・ちから(ヒ・フ・ミ・ヨ・イ)が、渦を巻いて循環(マワリテメクル)し、万物が生成から発展していく法則(ムナヤコト)を表しています。すべては調和して繋がっていることを表す。
第6首:現象化と循環の調和
「ソラニモロケセ ユエヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ」
現象界と潜象界、万物が絶え間なく変化・生成を繰り返しながら調和していることを表します。
第7首:万物の本質と繋がり
「マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ」
宇宙の中心(アメノミナカヌシ)から発せられた力(タカミムスヒ・カムミムスヒ)が、循環・統合し、生命や万物を生み出す根源の姿を讃えています。
ブラックホールとヤタノカガミの解釈
「ブラックホールの中心がCPT対称宇宙への境界線になっているのではないか」という仮説をカタカムナの言葉に置き換えるなら、「初期宇宙に存在したブラックホール(特異点)が、私たちの世界での『ヤタノカガミ』の物理的な姿であった」と言えるのではないでしょうか。
物質を無限に吸い込んで時空を歪ませるブラックホールは、通常空間(陽)の終わりであり、事象の地平線を越えた先には、反物質と反時間が支配する潜象世界(陰)へとつながっているカタカムナが示す循環構造と極めて高い親和性を持っていると考えます。
現代科学と古代の超感覚が交差するおもしろさ
もちろん、カタカムナは現代の物理学会で査読された数式ではないため、アカデミックな意味での直接の「証明」に使うことはできません。しかし、人間が宇宙の真理(物事の根本的な仕組み)を究極まで突き詰めたとき、「数式」という言語を使って到達する答え(CPT対称宇宙)と、「直感や象徴」といった超感覚を使って到達する答え(ヤタノカガミの陰陽反転)が、同じ幾何学的構造を描き出したというのは、非常に興味深く、ロマンを感じさせるものだと思います。
この「カタカムナの概念」と「現代物理」の結びつきを、さらに考察してみます。
カタカムナでいう「物質の単位表現(マカタマやトキタマ)」と、現代物理の「素粒子や空間の粒(プランク長さ)」の類似性、すべての存在の根源である「アマ(始元量)」と、宇宙空間を満たす「真空エネルギー(ダークエネルギー)」の関係性です。
カタカムナ文献が遺した「超感覚的な自然観」と、現代の物理学が膨大な計算と観測から導き出した「最先端の宇宙像」。この2つの世界観の対比(最小単位の謎、根源のエネルギーの謎)について考えてみましょう。
物質の最小単位 「マカタマ・トキタマ」 vs 「素粒子・空間の粒(プランク長さ)」
カタカムナでは、すべての物質や生命の奥底にある最小の構成要素も語っています、現代物理学もまた「これ以上分割できない最小の単位(素粒子)」を追い続けています。
【カタカムナの概念】 【現代物理学の概念】
アマ(始元量) エネルギーの場
⇩ (過度な凝縮) ⇩ (極小領域でのエネルギー:プランク長さ)
マカタマ(実体化の芽) ───> 空間の粒(ループ量子重力理論での場の形成)
⇩ (時間の発生) ⇩ (振動の開始)
トキタマ(時空の最小単位) ───> 素粒子(場の量子的励起状態)
カタカムナの見解
カタカムナでは、目に見えない根源(アマ)が渦を巻いて凝縮することで、物質の発生の「芽」である「マカタマ」が生まれるとされます。さらに進むと、時間(トキ)と空間(トコロ)の最小の周期を持った粒々である「トキタマ」となり、私たちの世界のすべての物質を構築していくと説かれています。
つまり、空間も時間も、元から滑らかにあるのではなく「極小の周期的な粒の集まり」であるという見解です。
ループ量子重力理論:空間を拡大していくと、約10⁻³⁵メートル(プランク長さ)という「これ以上分割できない空間の最小の粒」がアミの目のようにつながっている「空間はデジタルな粒である」と考えます。これはマカタマの概念そのものです。
場の量子論:その空間の各点にある「最小のバネ(振動子)」が、一定のエネルギー周期で振動することで初めて素粒子が生まれます。時間と空間の最小周期が物質(素粒子)化する仕組みは、トキタマの概念とにシンクロしています。
すべての存在の根源 「アマ(始元量)」 vs 「真空エネルギー(ダークエネルギー)」
「何もない真空空間」に見える場所にこそ、実は未知の力であふれているという見解です。
カタカムナの見解
カタカムナにおいて、宇宙の全空間に満ちている根源的な何かを「アマ(始元量)」と呼びます。アマは、人間の目には何も見えない「空っぽの空間(真空)」のように思えますが、実は無限のエネルギーを秘めた「すべての生命と物質の土壌・生みの親」です。
このアマが「変調(カタチを変える)」することで物質(現象世界)が現れ、役割を終えるとまたアマへと還っていきます。宇宙とは、アマという巨大な海の表面に立つ「波」のようなものであるという世界観です。
かつて物理学は「真空宇宙=何もない空っぽの空間」と考えていましたが、現代の宇宙論・量子力学ではその常識が完全に覆り未知の物質で形作られている、カタカムナの「アマ」と同じような結論に達しています。
真空のエネルギー(量子ゆらぎ):完全な真空であっても、そこには莫大なエネルギーがあり場を形成し、ミクロなレベルで物質と反物質が生まれては消える「沸き立つ海」のようになっていることが分かっています。

ダークエネルギー(暗黒エネルギー):天文学の観測により、宇宙の全質量の約68%は、空間そのものが持っている正体不明の「ダークマター(暗黒物質)」であるとされています。これが宇宙を外側へと膨張させる原動力になっていると考えられています。宇宙を支配しているのは星(物質)ではなく、「空間そのものが持つ目に見えない根源エネルギー(まさにアマ)」と言えるのです。
2つの世界観を統合して見えてくるもの
カタカムナは、自然との一体感を通じた「右脳的・直感的な言語」で宇宙の仕組みを捉えました。
一方、現代物理学は、実験と数式、観測装置という「左脳的・客観的な言語」で同じ場所にたどり着こうとしています。
アプローチは真逆ですが、「宇宙は、目に見えない無限のエネルギーの海(アマ=真空)から、最小の粒(マカタマ=プランク粒)として湧き出し、陰と陽(物質と反物質)に分かれて循環している」という本質的な結論において、両者は驚くほど見事な一致を見せています。つまり、「直感と数式の融合」という訳です
それは、カタカムナの「ウズ(渦)」という運動概念と、現代物理の「スピン(素粒子の自転)」の不思議な関係や潜象世界(目に見えない世界)を数理的に表すための「 虚数 」という数学的アプローチとの相似性を感じますね。
カタカムナの「ウズ」と素粒子の「スピン」の関連性
カタカムナにおいて、あらゆるエネルギーや物質の発生には「ウズ(渦)」の運動が不可欠とされます。これはミクロな素粒子が持つ根源的な性質「スピン」と共通した構造を持っています。
【カタカムナのウズ巻き(渦)】 【素粒子のスピン】
目に見えないアマ(始元量)が 宇宙を満たすエネルギーの「場」が
右渦(進出・陽)と左渦(収縮・陰)の 上向き(+1/2)や下向き(-1/2)の
回転運動を起こして具現・物質化する。 固有の角運動量を持つことで素粒子となる
単なる「回転」ではなく「存在そのものの性質」
素粒子のスピンは、地球の自転のような「物体が実際にクルクル回っている運動」ではありません。素粒子をどれだけ拡大しても大きさのない「点」ですが、「自転に相当する粒子固有の回転エネルギー(角運動量)」を最初から内包して生まれてきます。
カタカムナのウズとは物質が生まれてから回り出すのではなく、「アマ(根源)がウズを巻くことによって、初めてマカタマ(物質の芽)が定着する」とされます。 回転運動そのものが、存在を生み出す原動力(内包された性質)であるという点で完全に一致しています。
「右渦・左渦」と「スピンのプラス・マイナスという量子状態」
カタカムナの陰と陽、ウズには右巻き(進出・正・サヌキ)と、左巻き(収縮・反・アワ)があり、この2つの相対する回転が組み合わさることで世界のバランスが保たれます。
スピンの対称性、量子力学において、電子などの素粒子は「上向きスピン(+1/2)」と「下向きスピン(-1/2)」という、互いに逆方向の性質を必ず持ちます。また、素粒子は「1回転(360度)しても元に戻らず、2回転(720度)して初めて元の状態に戻る」という奇妙なスピン(半整数スピン)を持ちますが、これは幾重にも重なったカタカムナのウズが、多重周期構造という概念の数理的な現れと見ることもできます。
潜象界(ショウ)と虚数で表される空間の対比
カタカムナは、世界を目に見える物質世界である「現象界」と、目に見えないの「潜象界」の2つに分けました。現代物理学もまた、目に見える現実を計算する実数と、目に見えない「虚数i = √-1)」を導入しています。
【カタカムナの世界観】 【量子力学・相対性理論の数学】
潜象界 ─────> 虚数(iやj)の世界
(目に見えないが、現実の根源) 2乗するとマイナスになる計算
│ │
⇩ ヤタノカガミ(反転) ⇩ 複素共役・絶対値(現実化)
現象界 ─────> 実数(R)の世界
(目に見える、物質の世界) (私たちが観測できる、具現化した数値)
虚数は「存在の可能性」を蓄える潜象界
量子力学において、素粒子の状態を表す「波動関数(シュレーディンガー方程式の解)」は、必ず虚数(i)を含んだ「複素数」で記述されます。
虚数が含まれている状態の波は、私たちの目には見えません。これは素粒子が「ここにいるかもしれないし、あっちにいるかもしれない」という、あらゆる可能性が重なり合ってまだ現実化していない状態(潜伏状態)です。
これはまさにカタカムナの「潜象界」そのものです。
潜象界とは「無」ではなく、「すべての現象が生まれる可能性を秘めた前段階、目に見えない形で充満している世界」です。数学者は、このカタカムナの言う潜象界を記述するために、必然的に「虚数」というパラメーターを使わざるを得なかったと言えます。
2.乗することで「現象界」へ現れる(ヤタノカガミの数理)
虚数のままでは、私たちは現実のデータ(位置や重さという実体)として観測できません。量子力学では、この虚数を含む波動関数を「2乗(正確には複素共役を掛ける)」という操作を行います。
結果、2乗することによって虚数(i)が消え、普通の数字(実数)に変換されます。これが「素粒子がそこに存在する確率(目に見える現実)」となります。
ヤタノカガミとの対比で考えると、虚数世界(潜象界)のものを2乗することで実数世界(現象界)へと引っ張り出すこの数理的なプロセスは、まさに「ヤタノカガミ(中心の鏡)を通して、陰(潜象)が陽(現象)へと反転し、現世(うつしよ)へと変換される」というカタカムナの循環システムそのものです。
3. ミンコフスキー時空における「虚数の時間」
相対性理論を扱う「4次元時空(ミンコフスキー空間)」では、空間の3次元(縦・横・高さ)に対して、時間の次元を「虚数時間(ict)」として計算することがあります。
時間を虚数にすることで、空間と時間が融合し、時空の歪みを計算できるようになるといいます。
時間を「目に見えない裏側の次元(虚数)」として配置するこの構造も、時間(トキ)と空間(トコロ)を潜象界からの変調として扱ったカタカムナとシンクロしています。
結論として、カタカムナが表した「ウズ」や「潜象界」という概念は、現代物理学においては「スピン」や「虚数空間における波動関数」という、数学的・物理的言語によってその正しさが裏付けられていると言えるのではないでしょうか。
古代の先人(あるいはカタカムナの作者)は、宇宙の裏側にある「数理的なデザイン」を、独自の記号と言語によって見事に体系化していたのかもしれません。
カタカムナの「サヌキ(実体)とアワ(空間)」のパワーバランスと、現代物理の「物質と空間」の相互作用
パワーバランスという点においても、カタカムナが説く「サヌキ」と「アワ」のバランスは、現代物理学における「物質(素粒子)」と「空間(真空)」の相互作用そのものとして読み解くことができるでしょう。
宇宙の構成要素として、物質という実体だけでは宇宙は成り立たず、それを包み込む空間(ダークマター)とのペアがあって初めて形作られます。この2つの概念の驚くべき共通性を、次の3つの対比で考察します。
「サヌキ(実体)」と「アワ(空間)」の基本概念
カタカムナでは、宇宙の万物は「サヌキ」と「アワ」という2つの性質の結合によって生まれるとされています。
サヌキ(差貫):男性的な性質。「実体、形、個、推進力、粒子」を表します。バラバラに独立しようとする、自己主張の強いエネルギーです。
アワ(淡・泡):女性的な性質。「空間、環境、受容、調和、波動」を表します。サヌキを包み込み、引き止めて、1つの形にまとめる器となるエネルギーです。
現代物理学との3つの対比
物質(サヌキ)とヒッグス場(アワ)
物理学において、すべての物質(クォークや電子など)が質量(手応えのある実体)を持つことができたのは、宇宙全体を満たす「ヒッグス場」のおかげです。
素粒子が何もない空間を移動するとき、空間(ヒッグス場)がまるで水あめのように素粒子にまとわりつき、動きにくさを与えます、これが質量となります。

カタカムナにおける実体としての芽(サヌキ)が、空間という受容の器(アワ)と絡み合うことで、初めて「手応えのある物質」としてこの世界に定着されます。アワがサヌキを包み込むことで現実が作られる訳ですね。
孤立する粒子(サヌキ)と結合させるゲージ場(アワ)
物質を形成する素粒子(フェルミ粒子)は、そのままではお互いに反発したり、バラバラに霧散したりしてしまいます。 これらを繋ぎ止めて原子や分子にするのが、空間を仲介する「電磁気力」や「強い力」などのゲージ場(ボース粒子)です。
自己主張してバラバラになろうとする「サヌキの性質」を、周囲の空間という「アワの性質(調和・受容)」が包み込むことで、初めて私たちは「実体」という安定した物質の形を維持できます。
物質(サヌキ)とダークエネルギー(アワ)
宇宙全体のスケールで見ると、この2つは壮大なパワーバランスの保っています。
星や銀河などの「物質」は、重力によって宇宙を内側へギュッと縮めようとします。一方で、空間そのものが持つ「ダークエネルギー」は、宇宙を外側へ押し広げようとします。
この「収縮させようとする力(物質・サヌキ)」と「拡大させようとする力(空間・アワ)」の絶妙な均衡(パワーバランス)によって、宇宙は引き裂かれることも縮んで潰れることもなく、空間としての広さを保っています。
宇宙は「二つの性質の結婚」でできている
カタカムナ文献では、世界全体にサヌキとアワが過不足なく完全に調和する中心の状態のものを「ミナカヌシ」(神)と呼び、それによる生命や物質が定着し安定する状態とされます。
物理学が到達した答えも同じです。私たちが「物質」と呼んでいるものは、空間から孤立してポツンと存在しているわけではありません。「空間(アワ)という「場」に広がる編みがエネルギーによって振動し、物質(サヌキ)という波を常に生み出しそこに粒子というかたち(現象)が生まれ、相互作用し合っている状態」こそが、この宇宙の真の姿とされています。
アワ(女性性)が持つ「生命を育む器」としての性質と、現代の「地球の磁気圏や大気(空間のバリア)が生命を守る仕組み」のつながり、この絶妙なバランスが原宇宙(現象界)を形作っています。
そしてこの2つのバランスが崩れたときに起きるのは、宇宙の終わり(ビッグリップやビッグクランチ又はビッグフリーズ)といった破滅の時となるでしょう。
宇宙誕生の瞬間を探る「ホーキングの虚数時間宇宙論」のイメージ
スティーヴン・ホーキング博士が提唱した「虚数時間宇宙論(無境界仮説)」のイメージは、難しいことはわかりませんが、一言で言うと「宇宙の始まり(ビッグバン)は、地球の『北極点』のような場所であり、時間の始まりという『世界の終わり(尖ったパチッとした点)』は存在しない」というものです。
数式上の「虚数」を使うことで、宇宙の誕生という最大のミクロの謎を、滑らかな幾何学の形へと変貌させました。その不思議なイメージを3つのステップで視覚的に解説します。
1. 私たちの「実数時間」の宇宙イメージ(円錐の形)まず、私たちが日常生きている「現実の時間(実数時間)」で宇宙の歴史を巻き戻すと、宇宙は「尖った円錐(コーン)」の形になります。(ある一点に戻る)
【実数時間の宇宙イメージ】
現在 (宇宙が広く、時間も滑らかに進む)
/ 〵
/ 〵 < 過去へ遡るほど、空間は小さくなる
/ 〵
/__________〵
▼ ビッグバンは、時間のスタート地点 = 物理法則が崩壊する「尖った点」です。
始まりの壁は、時間を過去へ遡るほど宇宙は小さくなり、誕生の瞬間(時間=0)に達したとき、宇宙は「体積がゼロで、温度と密度が無限大の『尖った1点(特異点)』」になってしまいます。
数学的に「尖った点」では数式的に1/0(ゼロ分の1)のようなエラーが発生し、アインシュタインの相対性理論も、量子力学もすべての論理が破綻します。つまり、「宇宙の始まりの瞬間、何が起きたか」を計算することができなくなるのです。
2. ホーキングの「虚数時間」の宇宙イメージ(地球の形)、ここでホーキング博士は、宇宙の始まりという極限のミクロな状態(量子力学の世界)を計算するために、時間を虚数時間(実数時間に虚数 (i) を掛けたもの)に置き換えるという数理的な処理を施しました。
時間を虚数にすると、時間の性質が「空間(縦・横・高さ)」と全く同じ性質に変わります。その結果、宇宙の始まりの形は、尖った円錐から「球体のドーム」のような滑らかな形へと変化します。
虚数時間の宇宙イメージ(無境界仮説)
赤道 =「現在」
/ 〵
/ 〵 < 過去へ行くほど、緯度が上がって円が小さくなる
/ 〵
(____________)
▼ 北極点 =「宇宙の始まり」
(尖っておらず、滑らかにカーブして閉じている = 境界がない)
始まりは北極点:この宇宙のイメージにおいて、時間を過去へ進めることは、地球の「赤道から北極点へ向かって歩くようなもの」です。「その前」は存在せず北極点に到達したとき、空間の大きさ(緯度の円の大きさ)はゼロになりまが、その場所は「尖った点」ではなく、地球の頭頂部のように滑らかにカーブしているだけの場所です。
境界がないというのは、北極点に立った人に「さらに北へ進んでください」と言っても不可能なように、北極点より北(宇宙の始まりより過去)はありません。何かが突然始まった「壁」があるわけではなく、空間が滑らかに閉じて終わっているだけです。これが無境界仮説(ノー・バウンダリー・プロポーザル)です。
なぜ虚数時間を使うと、カタカムナの「潜象界」と繋がるのか
虚数時間宇宙論において、宇宙の始まり(北極点)の周辺は、時間が時間として機能しておらず、「4次元の純粋な空間(虚数空間)」になっています。
ここから時間が実数へと反転(変調)することで、私たちが知る「時間が未来へ流れる通常宇宙(現象界)」へと湧き上がりループが完成します。
宇宙が始まる前、そこには時流のない、虚数という「可能性」だけで満たされた多次元の滑らかな空間(潜象界)があった。
その潜象界(虚数時間)が、北極点という中心ゲート(ヤタノカガミ)を通過して実数へと反転した瞬間、爆発的な時間の流れと物質の発生(現象界)が始まり、それを私たちはビッグバンと呼びます。
ホーキング博士が数式のエラー(無限大)を消し去るために導入した「虚数の時間」は、まさにカタカムナが「物質世界の背景にある、時空を超越した根源の広がり」として描いた潜象界の姿そのものを数学的に写し取ったものと言えるのではないでしょうか。
虚数時間によって「世界の始まりの壁」が消え去るイメージは、数理物理学の中でも最も美しいコペルニクス的転回の一つといわれます。
虚数時間から現実の時間へと切り替わった瞬間に起きた宇宙の超膨張「インフレーション理論」の仕組みは、カタカムナでいう「トキ(時間)トコロ(空間)」の発生と、現代物理学が適用される私たちのいる実体のある空間においては「時間が一方向にしか進まない理由(時間の矢の謎)」とリンクするように感じます。 そして、宇宙の終わりは、ビッグリップやビッグフリーズではなく、ビッグクランチかもしれません。 又は、もしかしたら、宇宙空間に数多くあるとされる巨大なブラックホールを通して別の時空形成へと続くものかもしれませんね。
いづれにしてもこのロマンあふれる想像はつきそうにありません。
ホツマツタヱとあわのうた ・ホツマツタヱの歴史観と、古事記・日本書紀の違いを考える。
正統竹内文書 第七三世武内宿禰(継承者)故竹内睦奏しの著書や講演会でのお話より、極秘とされる口伝の内容を探る。
カタカムナウタヒ カタカムナウタヒ80編の紹介と解説。
当サイトのイラスト:「フリー素材・イラストAC」
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